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視力回復手術(屈折矯正手術)の歴史


視力回復手術の歴史は古い 視力回復手術(屈折矯正手術)は、19世紀・1869年頃から世界中の眼科医が外部的矯正器具(メガネ・コンタクトレンズ)を使用しない矯正方法として研究が始まりました(水晶体摘出による近視治療は18世紀の古代エジプトの頃から行われていました)。

現代の近視矯正手術のルーツは実は戦前の日本にありました。1940年代に
順天堂医科大学の佐藤勤教授角膜に外科操作を加えることにより近視を矯正する術式を世界に先駆けて臨床応用したのです。これがRK手術の始まりです。

この矯正手術は角膜表面と後面に放射状に切り込みを入れ、角膜のカーブを弱めることにより視力を矯正する方法で、
佐藤式RKと名付けられました。しかしこの佐藤式RKは、ある程度成功しましたが、角膜後面の切開によって角膜の維持に不可欠な内皮細胞が壊れ、角膜混濁を引き起こし、角膜移植を余儀なくされるなど、種々の問題点が発生したため、次第に行われなくなりました。

この佐藤式RKを
旧ソビエトの眼科医フィヨドロフ医師により改良され、放射状角膜切開手術というRK手術が広く行われ、ロシア(旧ソビエト)国内ではたちまち評判になり、この評判がヨーロッパをはじめ、アメリカにも届き、評判を聞いたアメリカの眼科医がロシア(旧ソビエト)に渡り、このRKについて学びました。そしてこのRK(放射状角膜切開手術)は、世界で300万人へ手術が施行され、実績を残しましたが、このRK手術では軽度から中度の近視しか治せないという欠点もあったのです。

1963年には現在のレーシックの元になったといわれている
ケラトミレイシスという術式が開発され、その後エーエルケーという術式も開発されましたが、いずれも精度が低かったり、乱視が発生するなどの欠点があり、あまり普及はしませんでした。

そして1975年にエキシマ・レーザーが開発され、飛躍的に視力回復手術は進歩を遂げたのです。このエキシマレーザーにより、角膜を面状に正確に削るPRKと呼ばれる手術法が確立し、PRKは従来のRKに比べて短時間での手術が可能で、精度も高いというメリットがあり、1983年にアメリカでエキシマレーザーを使用した屈折矯正手術が行われ、1985年にはドイツで臨床応用へと発展し、1988年アメリカでPRKの手術が開始されました。

しかしPRKは、角膜上皮層に直接エキシマレーザーを照射して削りとるため、手術後に傷みを伴うことや、術後の視力回復に時間がかかる、両眼同時に手術を行うことができないなどの欠点があり、この欠点を補うかたちで
1990年ギリシャの眼科医がレーシックを開発し、世界で初めてレーシック手術が行われたのです。その為、LASIK(レーシック)は、Laser In Situ Keratomileusis とギリシャ語が使われているのです。

その後もレーシックの一形態、イントラレーシックエピレーシックウェーブフロントレーシックなど、さまざまな術式が開発・研究され、視力回復手術を受ける方も急増するようになったのです。

視力回復手術(視力矯正手術)の歴史

1869年
外部的矯正器具を使用しない矯正方法の研究が始まる
1940年 佐藤式RKが世界に先駆けて臨床応用
1950年 佐藤医師によって、世界で初めて前後面放射状角膜切開術が行われる
1963年 レーシックの元となったケラトミレイシスという術式が開発
1975年 エキシマレーザーが開発され、視力矯正手術が飛躍的に進歩
1983年 アメリカで初めて屈折矯正手術に対して使用
1985年 ドイツで臨床応用へと発展
1988年 アメリカでPRK手術がが始まる
1990年 ギリシャでレーシック(LASIK)が始まる
1995年 アメリカにおいてエキシマレーザーのFDA(アメリカ食品医薬品局)の認可がおりる
1998年 厚生省(現・厚生労働省)が治療用としてエキシマレーザーの使用が認可される
2000年 厚生省(現・厚生労働省)が近視治療によるエキシマレーザー使用が認可される



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私(当サイト管理人)も2005年に品川近視クリニックでイントラレーシックを受けて「両眼共0.01⇒2.0」に視力が回復し、10年経っても視力は落ちていません♪

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