レーシックとの出会い
僕が視力が低下したのは中学生に入ってからでした。小学生までは学校の視力検査でも1.5とか2.0だったので、まさか自分がメガネをかけるなんて当時は思ってもいませんでした。中学生になり本格的に勉強に力を入れだしたのが視力低下の原因と思いたかったのですが、実際は当時はやっていたファミコンを朝から晩までやっていたのが原因だったようです。。
朝起きて学校に行く数分前までゲームをやり、帰ってきたら夜遅くまでゲーム漬けの毎日でしたので、視力が低下するのも当然だったのかもしれません。こうして僕のメガネ生活は始まりました。その後、スポーツをする時などはソフトコンタクトレンズを装用し、メガネとコンタクトレンズを使い分け学生時代を過ごしました。
社会人になると忙しい毎日でしたので、ソフトコンタクトレンズのケアが面倒になり、徐々に使用しなくなり、いつしかメガネしか使用しなくなっていました。当時は視力回復手術などは日本ではほとんど聞かれず、これから一生メガネと付き合って行くんだなーと、漠然と思っていました。
20代前半はおしゃれに気を使っていましたので、数種類のメガネを使い分け、度入りのサングラスも作りました。しかし視力さえ良かったらなーと、思わない事はありませんでした。
そして僕の視力はいつしか0.1をも下回るようになり、目が疲れるのはもちろん、首肩がこる、メガネをかけるため耳が痛い、鼻に跡が残るなどさまざまな悩みを抱え、ストレスを感じていましたが、仕方のない事だとあきらめるしかありませんでした。
しかしある日インターネットをしていると、ふとある公告が僕の目の中に飛び込んできました。○○万○千円で視力回復!!そうですこれが僕とレーシックとの運命的な?出会いだったのです。
僕がレーシックという言葉を知ったのは2005年夏頃のこのインターネットの広告でした。それ以前からも、なにやら視力を回復させる手術があるらしいということは知っていましたが、名前も知りませんでしたし、値段もまだまだ自分には手の届かないものでした。しかし僕の収入が増加するか(あまり期待できませんでした・・・)、値段が手頃になったら受けてみたいと思っていたのです。
そして予想通り?僕の収入はほとんど増加していませんでしたが・・・、値段がいつのまにか僕の手の届く所まできていたのです。これはもう手術を受けるしかない!とクリニックのホームページを隅々まで読み、早速、適応検査の予約のためクリニックに電話しました。
※ちなみに僕のクリニック選びのポイントは・・・何もありません( ̄ー ̄; 。。僕の場合はインターネットの広告で手術を受けたクリニックを知り、そのクリニックのサイトを見ただけで決めてしまいましたので、他のクリニックとの比較とかはしませんでした。いま思えば色々なクリニックを比較して選べばよかったかなとも思いますが、もともとが面倒くさがりでしたし、レーシックを行っているクリニックがこれほどもあることを知りませんでしたので、結果的には素晴らしいクリニックで手術できた事は幸運でしたが、みなさんは色々なクリニックを比較して、信頼できる、自分にあったクリニックを選ぶようにしましょう!(僕が受けたクリニックは品川近視クリニックです
⇒ 適応検査を受けました!
症例数国内No.1!イントラレーシック3年連続世界No.1!
イントラレーシックで3年連続世界一と表彰され、2007年
日本全体では約20万人の方がレーシックを受けましたが、
約6割、約12万人の方が手術を受けた品川近視クリニック。
私(管理人)も品川近視クリニックでイントラレーシックを受けて
「両眼共0.01⇒2.0」に視力が回復しました!
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